tomoto -子どもと地域のためのカルチャースペース(落合団地)-
2024年7月に多摩市・落合団地商店街の一角にオープンした、子どもと地域のためのカルチャースペース『tomoto』。友だちに出会える”子どもの遊び場”、プロフェッショナルなアーティストや作家から芸術表現を教えてもらうことができる”カルチャースクール”、地域の料理人が美味しいごはんとともに子どもたちを出迎えてくれる”こども食堂”、として地域の子どもや子育て世帯の居場所づくりを行っている。ガチャガチャ、駄菓子、友だち、楽しいこと、子どもが好きであろうことが詰め込まれたおもちゃ箱のような空間に引き寄せられるように、子どもたちが一人二人と集まってくる。多い日には70~80人来ることもあるというから驚きだ。今回は『tomoto』を運営するNiEW株式会社の代表 柏井 万作さんにお話を伺った。
◉ tomoto という場所
『tomoto』の入り口には「コドモフリーガチャ」なるものがある。平日は誰でも1回無料でガチャガチャを回すことができる。出てきたカプセルの色に合わせて駄菓子がひとつもらえるというシステムだ。「無料で駄菓子をもらえると噂を聞いて子どもたちが集まって来るんですよ」と笑う柏井さん。「親御さんたちも”ほんとに無料なの?”と最初は心配して見に来られるんですけど、この場所の目的や雰囲気を理解してくださり、むしろこちらの方がたくさん助けていただいているんです。」
「コロナ禍以降、日本全体で子どもの不登校やいじめの数、親御さんの失業やDVなどの家庭問題が急増していて、支援を必要としている子どもは年々増えています。子どもの居場所づくり、食事の提供(子ども食堂)などを通して何かしらサポートできたらと思っています。駄菓子はひとつの”きっかけ”にすぎず、子どもたちや子育て世帯、近隣や商店街の方々など、幅広く、ここに興味を持ち面白がって集まってくれたら嬉しいです。」
近所の子どもたちが輪になり遊び笑う、その傍でお母さんたち(時にはおとうさん)が輪になり話す。今の時代は稀有になりつつあるそんな風景がここにはある。ここの何に惹きつけられてこんなにも人が集まるのだろうか・・・?スペースをぐるりと見回してみる。ガラス張りになったオープンな出入口、ユニークな形をした駄菓子棚、壁一面の本棚、読んだことがない珍しい本の数々、心地よいボリュームで流れる音楽、天井や壁に展示されたアート作品、センスの良いカップに淹れられたお茶、ちょっと懐かしいおもちゃ、等々ここにはたくさんの”きっかけ”がさりげなく、とてもスマートに散りばめられている。何も難しいことはない、人は、楽しいこと、面白いこと、新しいこと、美味しいこと、心地よいことに惹かれて、自然と集まり、”友”となるのだ。
◉ tomotoを始めるきっかけ・背景
「僕は小学3年生まで八王子市松が谷に住んでいました。『tomoto』がある多摩センター駅周辺はまさに僕の故郷、原点なんです。ここは、友達と夕方のチャイムが鳴るまで遊んでいた、たくさんの思い出が詰まった、夢のようなまちです。引っ越した先は渋谷区という都会、多摩が恋しくて週末や長期休みになるとしょっちゅう遊びに帰ってきていました。多摩の友達との交流は大人になった今もずっと続いています。」
大学では文学部で芸術文化史を専攻、音楽好きがこうじてバンドでCDデビューし全国をツアーでまわった経験を持つ柏井さん。大学在学中からCINRA.NETというカルチャーWEBメディアを立ち上げ、ベンチャー起業家として最先端の芸術文化を創出・発信してきた。生粋のカルチャー※の先駆者だ。※カルチャーとは英語で「文化」「教養」「文明」などを意味する。「メディアやイベントを作って、面白い文化を作って、みんなに見てもらいたい。その気持ちでずっとやってきました。」と柏井さん。
2017年8月、長年ウェブ上で扱ってきたカルチャーコンテンツをリアルに身近に体験できる場として、日比谷公園の広場で野外カルチャーフェス”NEWTOWN”=大文化祭を開催、約4000名を動員し大きな手応えを感じた柏井さん。時を同じくして、地元多摩の同級生のお母さんから地域が抱える切実な悩みを聞かされた。「少子高齢化により地域の過疎化が進んでいる時でした。僕が通っていた母校で30年間ずっと続いてきた子ども祭りが終了してしまい、地域を盛り上げる若者不足で町を活性化させようにもそのエネルギーがない、と。」柏井さんの中で点と点が繋がった瞬間だった。
「多摩ニュータウンは自然が多く、遊歩道もしっかり整備されており、子どもがのびのび安全に遊ぶのに素晴らしい環境です。そういった多摩の良さ、住環境は変わっていませんが、確実に少子高齢化は進んでいます。子どもがいなくなりつつあることをリアルに肌で実感した当時、自分に子どもができたこともあり、今いる子どもたちのために、そして未来のために、故郷を盛り上げたいという想いが、多摩ニュータウンでカルチャーフェスを企画する原動力になりました。」
2017年11月には、先だって開催した日比谷での大人の文化祭”NEWTOWN”の第2弾を多摩ニュータウンで開催することができた。柏井さんの母校・旧三本松小学校(現 デジタルハリウッド大学 八王子制作スタジオ)に、フードフェス、カルチャーマーケット、音楽ライブ、美術展、演劇、映画祭、落語、音楽市、大人の学校(授業)など様々なカルチャーイベントを大集結させた。柏井さんがそれまでに得てきた都会的で最先端の刺激と、緑豊かな多摩の原風景、その両局面を融合させたイベントとなった。長い年月をかけ、多摩ニュータウンを内からもそして外からも見つめてきた柏井さんだからこそ作りだせる新しい多摩の風景であり、故郷を守るための行動だったのではないだろうか。年を追う毎に規模が拡大、2018年には200組以上の出演者、120以上の出店団体を迎え、2日間合わせて約1万人の来場者が集った。3年目の2019年には会場規模は初年度の4倍以上、これまでの会場・旧三本松小学校に加え、多摩センター駅前のパルテノン大通りも主会場に。500名を超える出演者を迎え、2日間でのべ6万人を動員。
「プロアマ問わずみんなで作る文化祭というコンセプトで、企業や地域行政など、近隣住民の皆さんや市民の皆さん、たくさんの方々にご支援いただきました。」と当時を振り返る柏井さん。「翌年2020年も『NEWTOWN』が続くことを期待していましたが、間も無く始まったコロナ禍の影響により開催を見送ることになりました。3年という自粛期間を経て、2023年にようやく新たな活動に繋げることができました。」2023年柏井さんは再び、みんなでつくる文化祭をコンセプトに旧西落合中学校でTAMATAMA FESTIVALを企画。多くのアーティストが参加し、コロナ禍で失われた人と人との繋がり、カルチャーの底力をより強く実感させる企画となった。
「その後、フェスやイベントといったお祭りごととは違う、もっと地域に根付く成熟化したコミュニティ、文化活動の拠点となる場所、を作り地域の活力に繋がればと思い、『tomoto』を始めることにしました。僕は、人生の多くをカルチャーに費やし、自分自身も含めて、カルチャーによって人生を救われてきた人間をたくさん知っています。音楽や映画、文学、アートなど、そういうカルチャーが持つエネルギーを次世代に伝えていきたいと思っています。」
◉ tomotoはみんなの居場所
「『tomoto』は落合団地商店街で建築設計事務所をしているスタジオメガネさんのスペースを使わせてもらっています。また常駐スタッフとして、普段は画家である井上光太郎さんがスペースを運営してくれています。その他コンセプトに賛同してくれるアーティストさんや企業、地域住民の皆さんのサポートのお陰で、子ども、地域住民、芸術文化を繋ぐ場として幅広い方々にご利用いただいています。」と柏井さん。
『tomoto』では月に数回、誰でも参加できる“子ども食堂”もオープンしており、50食作ってあっという間に売り切れてしまうほどの人気ぶりだという(子どもは無料、大人500円)。またプロのアーティストや講師から学ぶ“アートワークショップ”では身近な道具や素材を使って誰でも気軽にオリジナルアート作品が作れると評判、大人〜子どもまでどの世代でも楽しめる企画になっている。
「ニーズに応えてゆくこと、この場所を継続し続けていくことは、人的にも財政的にも課題はありますが、ありがたいことに自発的にボランティアを申し出てくださる方や寄付などをしてくださる方も増えています。それに伴い、遊びにきてくれる子どもたちも増え、最初は対応しきれず混乱になるのではと心配でしたが、子どもたち自らルールを決めたり役割分担をしたりと、この場のオペレーションを実践的に体験するいい機会になっているようです。」
アートというと少し敷居が高いように感じるが、ここにはハードルを感じさせないオープンさと自由さがある。柏井さんが目指しているのはかつて自身が「友と遊んだ場所」であり「自分の創造力や夢が育まれた場所」、それはどこまでも楽しくて、自由で、可笑しくて、温かくて、キラキラと眩しい時間が流れる”みんなの居場所”。そして、『tomoto』に集う子どもも大人も、ここでの時間や経験をきっかけに”自分の居場所”を見つけていくのではないだろうか。

- 新宿駅から京王線/小田急線の「多摩センター駅」まで約30分
「多摩センター駅」からバスで「落合四丁目」まで5分
「落合四丁目」から徒歩4分
2025年2月5日