団地のほとりの英国風ブックカフェ「PUDDLEBY(パドルビー) 」
子どものころの記憶がかたちになった、英国風ブックカフェ。
諏訪団地名店街の遊歩道を歩いていると、団地の一角に、まるで遠い異国の街角のような店が見えてくる。
アーチ状のフレームをくぐり、ガラス扉を押すと、そこは明るいテラススペース。さらにもうひとつの扉の奥に入ると視界は一気に落ち着いたトーンへと切り替わった。
暖かな照明、ところどころに置かれたランプや古い家具。壁一面を埋め尽くす本棚には、背表紙の色も大きさも異なる本が、ぎっしりと並んでいる。
ここは「お店」というよりも、物語の中に入り込んだような空間。団地のほとりに佇む英国風ブックカフェ「PUDDLEBY(パドルビー)」だ。
偶然から始まった、この場所との出会い
店のオーナー・梶山さんは長年グラフィックデザインと撮影の仕事に携わってきた。以前は渋谷・神宮前にデザイン事務所を構え、現在まで広告の世界で長年仕事をしている。
広告の撮影で食の現場に入ることも多く、そこで料理の作り方を学んだことで、食に興味を持つようになり、かつては高円寺でアンティークショップと焼き菓子の店を営んだ経験もある。しかし、コロナの影響で店は一度閉じていた。
「またいつか、お店をやれたら」
そんな思いを抱きながら過ごしていたある日、偶然見つけたのが、諏訪団地の一角にある元薬局の物件だった。
そこは諏訪団地ができた当初から長年、地域に親しまれてきた薬局だったが閉店することになり、次に使ってくれる人を探していた場所。内覧に訪れた梶山さんは、店の前に広がる遊歩道と、歩車分離が徹底された多摩ニュータウンの環境に強く惹かれたという。
「この時点では、ここで何をやるかを明確に決めていたわけではありませんでした。ただ、“何かの店”にはできればいいな、という感覚だけはありました」
2年の時間をかけて、少しずつ作り上げた空間
この地に拠点を移したのは2023年のこと。そこから2年以上にわたって、梶山さんはこの場所と向き合い続けた。内装はスケルトン状態から、本棚やカウンター、テラスの扉など、できる限り自分たちの手でつくっていった。
最初に手をつけたのは本棚だった。
「子どものころから本が好きで、仕事で使う本も含めると、とにかく本が多かったんです。自宅にも収まりきらなくなっていて、まずは“本の居場所”をつくろうと思いました」
壁一面を埋め尽くす本棚には、様々なジャンルの書籍とともに、児童文学や物語の本が多く混ざり合う。完成を急ぐことはせず、少しずつ、空間と対話するように手を入れていったその時間は、結果としてこの店の空気感を形づくる大切なプロセスになった。
さらにイスやテーブルは、インターネットオークションなどで集めた物ばかり。どれも個性は異なるが、不思議とこの空間に馴染んでいる。
気づけば、英国風のカフェになっていた
当初から「英国風カフェ」を目指していたわけではない。
けれど、完成した空間を見た人からは「ハリー・ポッターに出てくる魔法学校の校長先生の書斎みたいですね」と言われ、梶山さんははっとした。
振り返ってみれば、梶山さんが子どものころに親しんできた本の多くは、イギリスの物語だった。ドリトル先生、くまのプーさん、ナルニア国物語、ホビットの冒険、不思議の国のアリスなどなど。知らず知らずのうちに、物語の中の英国の風景が、心の奥に刷り込まれていたのだという。
さらに、若い頃に留学でイギリスを訪れたとき、目の前に広がる風景が、子どものころに本の中で思い描いていた景色と重なった。「懐かしい」と感じたその体験が、空間づくりにも自然と反映されていった。
「英国風というのは自分で意識してなかったのですが、作ってみたらこうなっちゃったという感じなんです。子どものときから慣れ親しんだ本の中の世界が、気づいたら視覚化されていたんだと思います」
店名の「PUDDLEBY(パドルビー)」も、そんな記憶の延長線上にある。
幼いころから物語の世界に親しみ、その舞台となった風景に特別な思いを抱いてきた梶山さんは、「ドリトル先生」シリーズに登場する、イギリスのどこかにある架空の町「PUDDLEBY(パドルビー=沼のほとり)」にちなんで、“団地のほとり”のカフェとした。
“魔法使いのレシピ本”から生まれるメニュー
カフェのメニューもまた、そんな物語の延長線上にある。
英国風のカフェにしようと決めてから、知人からイギリスの古いクッキングブックやレシピブックを多数譲り受けた。それらは英文で書かれた、まるで“イギリス料理の虎の巻”のようなものだったという。
「見ているだけで面白いんです。魔法使いや錬金術師のレシピ指南書みたいで、僕の知らないいろんな料理が載っている」と梶山さんはにこやかに語る。
コロネーションチキンのホットサンドウィッチやクランペットとソーセージのプレート、チキンティッカマサラカレーなど、試作を重ねながらも、日本のカフェとして無理なく提供できるものを選び、少しずつ形にしていった。
さらにスコーンやテイクアウトできる焼き菓子は、定番と日替わりものを店内で焼き上げる。
特にスコーンはイギリス留学時代に現地のおばあさんから教えてもらった直伝で、サイズは現地の田舎のパブで出てくるような、少し大ぶりなものを意識しつつ、今も改良を加えているこだわりの一品だ。
先日来店したウェールズ出身の来店者からは「このスコーンは美味しいよ。ここで作っているのかい?」と声をかけられたことが、何よりの励みになったという。
「居心地の良い場所をつくりたい」
2025年12月15日にオープンしてから、店を訪れる人の多くは地元の人たちだ。リピーターは全体の7割ほど。「3回、4回と足を運んでくださる方がいらっしゃるのが、何よりうれしいですね」と梶山さんは話す。
入った瞬間、少し驚いたような表情を浮かべる人も多い。気づけば本を手に取り、英国の紅茶を飲みながら静かに時間を過ごしている。ひとりで長い時間、本を読み続ける人も珍しくない。
「本がたくさんあっていい音楽がかかっている、居心地の良い場所をつくりたかったんです。店の前を通りがかって、少しでも気になったら、ぜひ一度入ってみてください」と梶山さん。
思い描いているのは、かつてイギリスに住んでいた頃に出会った、街道沿いにぽつんと現れる、旅人を迎え入れるパブやカフェのように。
その思いは、日常の延長としての“居場所”を、この団地のほとりに生み出している。
- 店舗名
- PUDDLEBY
- 住所
- 東京都多摩市諏訪5-8-3
- 営業時間
- 11:00〜18:00(L.O.17:00)
- 定休日
- 不定休(公式インスタグラムを参照)
- 公式インスタグラム
- https://www.instagram.com/cafe_puddleby/

梶山かつみ
















































