珈琲屋 黒子
貝取北センター商店街の一角にあるスペシャルティコーヒー専門店『珈琲屋黒子』。天井が高い開放感のある店内に洗練されたテーブルや椅子が静かに佇む。豆を挽く、フィルターをセットする、湯を注ぐ、珈琲が落ちる、無駄のない正確な動きに合わせて小気味よく響く音。珈琲を耳で楽しんでいると、次は芳しい珈琲の香りに鼻が刺激される。目の前に差し出された神々しい珈琲を前に自然と背筋が伸びる。カップをしっかり手に馴染ませ、一口。濃厚で芳醇な味わいが口いっぱいに広がり、無駄な雑味がないクリアな苦味がお腹までストレートに流れ込む。五感を使って珈琲を嗜むという、えも言えぬ幸福な珈琲体験をさせてもらう。今回は『珈琲屋黒子』の店主 尾籠一誠 (おごもりいっせい)さんにお話を伺った。
◉スペシャルティコーヒーとは?
『珈琲屋黒子』ではスペシャルティコーヒーのみを提供しているとのことだが、そもそもスペシャルティコーヒーとは何なのか?
消費者が美味しいと評価して満足するコーヒーであること。 (中略) 生産国においての栽培管理、収穫、生産処理、選別そして品質管理が適正になされ、欠点豆の混入が極めて少ない生豆であること。 そして、適切な輸送と保管により、劣化のない状態で焙煎されて、欠点豆の混入が見られない焙煎豆であること。 さらに、適切な抽出がなされ、カップに生産地の特徴的な素晴らしい風味特性が表現されることが求められる。
引用:日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)
「簡単に言うと、美味しい珈琲かどうか点数式に決めている基準です。世の中に広く安価で流通しているのがコマーシャルコーヒー、その上が、コナコーヒーやブルーマウンテンといったブランドで知られるプレミアムコーヒー。そのさらに上、わずか5%のみがスペシャルティコーヒーと認定されています。それぞれにメリットがあり一概にはどれがベストとは言えないが、自分が求める珈琲を追及していった結果、スペシャルティコーヒー専門のお店をやっています。」と尾籠さん。
◉『珈琲屋 黒子』ができるまで
尾籠さんは20歳前半でカフェで働いたことをきっかけにバリスタを目指し、ハンドドリップの基礎を学んでゆく。バリスタの競技会JHDC(ジャパンハンドドリップ) 2013年優勝、JBrC (ジャパンブリュワーズカップ)2014年優勝の経歴を持つ。今でこそハンドドリップが一般的に浸透しているが、当時の日本はエスプレッソマシンを使った”花のある”バリスタの方が主流だったという。「当時、世界大会に倣って日本でもハンドドリップの競技会を開催しようという動きがあり、ご縁がつながり、自分も挑戦することになったんです。ただ、まだ前例がない訳ですから、基準も何もない、先人からの情報がない中、手探りで自分なりの技術を構築していく他なかった訳です。」結果、数値・科学的根拠に基づいた独自の技術で頂点に登りつめ、その後日本代表として世界大会にも出場した。
その後、競技会審査員や珈琲コンサルタントとして製品開発、人材育成、技術・知識の継承、コーヒー器具の監修やイベントでの実演デモンストレーションなど、コーヒーのプロフェッショナルとして幅広く活躍している尾籠さん。「近年のバリスタはパフォーマンスに寄りすぎてファッション的要素が多い印象を感 じます。自分が目指すバリスタのカタチは、珈琲と空間を楽しむ空間が先にあって、 それらを縁の下で支える“黒子”のような職人的存在でありたいと思っています。」美味しい珈琲と最高の珈琲体験を演出するために、並々ならぬ努力と研究を重ねて、あくまで“黒子”に徹する尾籠さん。豆の生産方法、焙煎方法、抽出方法、店で使用する道具や調度品の選び方、お店の立地も含めて全てが、美味しい1杯の珈琲を誰かに飲んでもらうための研究・追求なのだ。その成果こそが、努力が見えないほどに洗練された無駄や隙のない『珈琲屋黒子』という舞台に上がった時に感じる独特の空気感なのだろう。そこでいただく珈琲はただのそれでなく、背筋が伸ばされるような、糧になるような、至極の、一杯の、珈琲なのだ。
「ありがたいことに、珈琲が苦手な方でも、うちの珈琲を飲んで好きになったと言う方や、無類の珈琲好きだったけど、うちのを飲んで以来他の珈琲が飲めなくなったと言う方もいます。」
◉なぜ多摩市なのか?
「鹿児島の田舎育ちなので、都内を転々と移り住んでいく中で最終的に緑が印象的な多摩の魅力に惹かれて住み始めました。」店を構える上でも現在の場所に選んだのは、駅前の雑踏から離れている、遊歩道があり車が入ってこない、隣接した商店街の無料駐車場がある、スーパーや郵便局など日常生活に欠かせない場の近くに立地している、というのが大きな理由だったという。学校や学童が近く、朝夕は店の前を元気な子どもたちが行き交う、活気に溢れた場所である。取材中も帰宅途中の学童が「ここのお店お父さんがいつも珈琲買うところだよ」と元気に教えてくれた。
開業した2022年9月当時はコロナ禍真っ只中、だからこそできた今の店舗デザインだという。「換気を重視した天井の高さや空間の広がりは、コロナだったからこその作りです。コロナじゃなければもっと籠るような、今とは全く違う店構えだったと思います。」。多摩という緑が多い開放的な土地柄と開放的で抜け感のある店舗空間が相乗効果として『珈琲屋黒子』の存在を際立たせている。開業から時を経てもずっと、色褪せることない映画のワンシーンのように、日常/非日常の狭間で多摩市内外の人々を魅了し続けていくだろう。
◉ 今後の展望は?
「以前、コロンビアの珈琲豆生産者のコンサルタントとして、彼らのリアルな暮らしぶりを自分の目で確かめる為、現地に1ヶ月滞在していたことがあります。コロンビアの山奥にある先住民の村に住み込み、商社やバイヤーの方達でさえ踏み入れる事はない農園ファミリー達と衣食住を共にし、多くを学びました。そんな背景もあり、将来的には商社を通さずに取引するダイ レクトトレードが目標です。」直に取引することで生産者の生活を豊かにすることができ、抽出や焙煎よりもっと前の段階、豆の生産段階においても美味しい珈琲の追求ができるという。「珈琲の好みはそれぞれあると思うんですが、やはり自分が美味しいと思える物じゃないと続かないんですよね。自分が毎日飲んで美味しいと思える珈琲を淹れ続けたいです。」
10種類ほどある珈琲、人気のラテやオレ、珈琲やドリンクと一緒に頼みたいスイーツ類にも、全て尾籠さんが追求したこだわりが盛り込まれている。尾籠さん渾身の美味しさはいつか多摩を抜け出すかもしれない・・・・「いつか2店舗目も持てたら。」と眩しい未来に目を細める尾籠さん。
◉ 『珈琲屋黒子』の美味しさを堪能
尾籠さんがお店で淹れてくれる珈琲は格別だが、家で黒子の珈琲を楽しめる持ち帰り用の珈琲豆やドリップパックもおすすめだ。「販売している豆は粉挽きにして持ち帰ることも出来ますし、ドリップバッグはお湯だけ注いで頂ければ手軽に楽しめるので人気商品です。自宅だけでなく仕事先にも持ち込んだり、プレゼント等にも黒子の珈琲を選ぶ事が多くなったと直接お客様達から聞きます。」創業以来、一番人気のコロンビア”金獅子”は、原住民が栽培する貴重な品種でもあり、ダークチョコレートのような苦味の中に甘みと奥深いコクを感じる風味として多くの方に愛されている。
「珈琲業界では横文字表記が多い中、黒子では日本文化である漢字を用いて風味から感じる印象を受けて、全ての商品を名付けしてます。」と尾籠さん。
人気の「金獅子」と「華籠」のドリップバックセットは多摩の名産として、東京都庁内の東京の特産品販売店「TOKYO GIFTS 62」でも販売中とのこと。