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旧多摩聖蹟記念館(多摩市指定有形文化財)

多摩市連光寺に所在する都立桜ヶ丘公園、その四季折々の自然を分け入るとギリシャの神殿を思わせる、楕円形の建物が静かに、しかし確かな存在感を放ち、建っている「旧多摩聖蹟記念館」は、明治天皇の連光寺行幸※ を記念し、昭和5(1930)年に建てられた。
※天皇が外出することを「行幸」といい、天皇が行幸で訪れた場所は「聖蹟」と呼ばれた。

昭和61(1986)年に多摩市指定有形文化財となり、同年、財団法人多摩聖蹟記念会から多摩市に寄贈され、「旧多摩聖蹟記念館」に改称された。翌昭和62(1987)年、改修を経たうえでリニューアルオープンした。以来 <明治天皇と明治天皇を支えた幕末の志士たちの功績の顕彰>から<都立桜ヶ丘公園を訪れた人々の憩いの場>へと施設の位置付けを変えて、文化財施設として現在に至っている。内部には明治天皇騎馬像(作:渡辺長男)、幕末明治に活躍した人々の書画、多摩市周辺の豊かな植物の写真等が展示され、喫茶サロン、貸ギャラリー(有料)も利用できる。

平成14(2002)年には東京都「特に景観上重要な歴史的建造物等」に選定、令和4(2022)年には近代建築の記録や保存に取り組む国際的な学術組織DOCOMOMO(ドコモモ)の日本支部 DOCOMOMO Japanによる「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選定され、近年は歴史的建造物としてその価値が再認識されている。今回は、「旧多摩聖蹟記念館」学芸員の澁谷 朋恵(しぶや ともえ)さんにお話を伺った。

 

◉「旧多摩聖蹟記念館」の歴史的背景を知る

明治天皇が初めて今の多摩市を訪れたのは、明治14(1881)年。八王子市周辺で狩猟を行った際、急遽、連光寺村にも立ち寄ることになったという。天皇は、富澤邸※で昼食をとり、連光寺の山で兎狩りを行った。
※富澤邸は現在、多摩中央公園に移築され「旧富澤家」として多摩市が保存・活用している。多摩中央公園の改修工事に伴い令和7年3月31日まで休館中。

この行幸をきっかけに、連光寺周辺は天皇のための「御猟場」に指定され、その後も何度か明治天皇が狩りに訪れたという。大正天皇が多摩陵に埋葬された折、京都に埋葬されている明治天皇を偲ぶための施設も関東にとの声が上がったことから、元宮内大臣の田中光顕(1843~1939)が連光寺に注目。「聖蹟」の保存と顕彰を目的として、明治天皇・皇后が連光寺行幸の際に詠んだ歌の碑を建てた他、「明治天皇御騎馬像」を渡辺長男に制作させた。それを安置・参拝できる施設として「多摩聖蹟記念館」を建設、初めて天皇がこの地を訪れてから約50年後の昭和5(1930)年に開館した。その後昭和12(1937)年に京王電気軌道(現京王電鉄)の「関戸駅」が「聖蹟桜ヶ丘駅」と名を改め、地域で「聖蹟」化が進められた。

・・・・

記念館は「モダン・ムーブメント」の影響を受けた、南多摩エリアに唯一現存する昭和初期の近代建築である。「モダン・ムーブメント」とは、19世紀末から20世紀初頭、西ヨーロッパで流行した近代建築運動のことを指し、その建築物は表現主義的・合理主義的・機能主義的・社会改革的な思想に基づいた設計・建設がなされている。主に工業用素材<鉄・ガラス・セメントコンクリート>を多く用い、無駄な装飾を省きシンプルな線と面で構成されたデザインが特徴である。記念館の設計は建築家である関根要太郎と蔵田周忠が担当。彼らは大正中期から昭和30年代にかけて日本国内で活躍し、多摩近辺では京王閣遊園地(昭和2(1927)年・調布市)を設計した建築家としても知られている。

弧を描いて織りなす造形とそれを支える太い円柱が特徴の外観。極力装飾を排除し、壁や柱の構成・造形で建物全体が無駄なくデザインされており、屋根を縁取るスペイン瓦がアクセントになっている。円柱の太さは建物本体に対して異様に太く伝統的オーダー(秩序・比率)をあえて崩すという社会改革的思想に基づいている。また、多摩川から砂利を運んで加工したコンクリートを大量に使用できるようになった近代技術を誇示するようでもある。

建物の内部に入ると、外部からは3階建てに見えていた建物が、その実、1階建てであることに意表をつかれる。建物の一番外側には楕円状の回廊が周り、その内側に楕円のホールがあり、そのホール中央部にさらに一周り小さい楕円形の天井がある。複数の楕円形の弧が平面と高さ方向に積層され、その中心に据えられた銅製の明治天皇騎馬像が、建築当初の建物の目的や設計者の意図を物語っている。

 

 

「残念ながら元の設計図は残っていませんが、初期の設計スケッチを見ると、その計画の壮大さに驚かされます。実際に建てられた記念館の左右尾根筋に回廊を巡らし、ふもとから続く大階段、円柱が立ち並ぶ噴水を設ける等、まさに神殿のような、構想があったようです。周辺住民からの寄付により広大な土地は確保できたものの、寄付金不足により、規模を縮小し現在のような作りになりました。」と澁谷さん。

「内部は、天井の一番高い部分に楕円形の天窓があったと言われており、そこから光が明治天皇騎馬像に降り注ぐドラマティックな設計だったようです。また、その騎馬像も実際に見たことがある人によれば、当時は今のような銅褐色ではなく、金色だったという話も。騎馬像も、現在の台座に加えてさらにそれよりもっと高い台座に据えられており、台座だけで高さ1.5mほどあったことが記録からわかっています。」明治天皇騎馬像自体の高さ3メートルを加えると、高さ4.5メートルにもなる。その巨大な黄金の天皇像が、光を燦々に受け立つ姿は荘厳であったと想像できる。

 

◉変化する存在意義

 

多摩市に移管されたことで<都立桜ヶ丘公園を訪れた人々の憩いの場>として再出発した記念館。澁谷さんは大学院で日本史・とりわけ思想史を学んできた経歴を持つ。思想史(しそうし、英: History of Ideas)は、思想の歴史。多くの場合、思想家や学者、政治家、民衆などが残した意見に関するテクスト(文書・言葉)を扱う学問だ。そのバックグラウンドを用いて、都内の図書館や美術館、出版社等で貴重資料や古文書の調査、取り扱いに関わってきた。

「思想史というのは、歴史の中で、人がなぜ、どういう思いで、そういう行動をしたのか?それを残された資料をもとに、解き明かす。そこに面白さを感じています。」と澁谷さん。思想というものはある時点ではそれが唯一の正しさのように捉えられがちだが、それはあくまで「人の考え・意見・視点」であり、人や所・時が変わればそれは全く違う価値や解釈となる。

記念館は創設者の田中光顕の所蔵品だった、坂本龍馬や西郷隆盛といった、歴史の教科書にも出てくる幕末・維新の志士たちが書いた墨蹟(墨で書かれた和歌や漢詩、手紙などの筆跡・書跡)等、600点を超える所蔵品を保有している。敷地内には五賢堂という建物があり、明治天皇の立像や写真と合わせて5人の志士達(木戸孝允、岩倉具視、三条実美、大久保利通、西郷隆盛)の胸像が収められている(通常は非公開だが、開館中に申し出があれば、その内部を見せてもらえる)。

 

旧多摩聖蹟記念館の中央に明治天皇騎馬像を据え、その周りを取り囲むよう作られた回廊に、幕末の志士たちの墨跡や書簡等を展示する。「それは開館当初の国家の成り立ちとそれを支えていた思想であり、それを礼拝・讃美する表現として建てられたのがこの建物ですが、現在は歴史的建造物とそれにまつわる事実を保有し保存している場所です。」と澁谷さん。

「そして、展示室の壁に高く掲げられた大きな絵画『基礎工事』(堀田清治 作)は、この建物の工事の様子を描いた、と言われています。まだ機械や車が発達していなかった当時、多くの人々が工事に協力しました。その肉体美を描くことでその功績を讃えたと思われます。」

 

◉ 今とこれからについて

この建物自体も、それを守り管理する人も、戦前から戦中、戦後から現代と、社会の変化、歴史そのものを見つめてきた。現在、騎馬像があるホールはテーブルと椅子が並んでおり喫茶サロンとして営業している。

「テーブルとテーブルの間隔をかなり広めにとったり、各テーブルに季節の花を飾ったり、来館される方々が少しでもゆったりとした気分で憩えるようにと試行錯誤してます。」と澁谷さん。美味しいハンドドリップの珈琲が一杯200円でいただけるのも嬉しい。コーヒー等を飲みつつ、この建物とそれを取り巻く自然や人々が過ごしてきたであろうもっと緩やかでスローな時の流れに身を委ねる。

均等に空けられた縦長窓から差し込む光が、この建物の興味深い輪郭を強調し、しばし日常を忘れる憩いの時へと誘ってくれる。

「市民の皆さんの憩いの場として、ここがもっと身近に感じられるような企画も模索しています。本施設は約600点以上の歴史資料を所蔵しており、それらをテーマに沿ってピックアップし定期的に企画展を催しています。本物かと驚かれることが多いですが、伊藤博文、吉田松陰、岩倉具視など、誰もが知っている歴史上の人物たちが書いた詩や手紙などもあります。教科書や大きな図書館でも見ることができないような貴重な資料です。また、企画展開催時には展示物に隠された裏話等をお話しするギャラリートークも開催していますので、是非お気軽にご参加ください。」と澁谷さん。

企画展のほか「自然観察会」を多摩市植物友の会と毎月共催しているとのこと。 記念館の周囲には自然豊かな雑木林が広がっており、園内を歩きながら、季節毎に様々な姿を見せる植物を観察するという企画だ。また、ギャラリースペースでは月毎のテーマに合わせた植物写真を展示している。

令和12(2030)年には開館100周年を迎える記念館。この建物を通して多摩市民が、そして多摩というまちが、何を見て何を感じてきたのか?そして、今を生きる多摩市民が、それをどう捉えるか、そして未来にどう残してゆくか? 100周年という節目を迎えるにあたって、そのことを問われているのではないだろうか。「市民の皆さんの財産を預かっている学芸員として施設の魅力を市民の皆さんに知っていただき、次の100年もこの施設が残るよう努力していきたいと思います。」と澁谷さん。

ふと、取材時11月だというのに扇風機が回っていることに気づく。澁谷さんに聞くと「この施設には空調設備や冷暖房施設がないんです。また、貴重な所蔵品・資料の管理には気を使うため湿度チェックは欠かせません。そのため冬でも扇風機を回していたりします。」真夏や真冬には不便もあるだろうが、自動空調管理ができないことは、図らずも、自然と共に巡る季節の空気を、近代化する前のもっと普遍的な時間の流れを、感じさせてくれるような気もする。目を閉じ耳を澄ませば、この場所の変遷や紡いできた物語が聞こえ、ここを訪れる私たち自身も、今のそしてこれからも続く物語の一部であることに気づくのである。

参考資料
・「多摩聖蹟記念館と建築家蔵田周忠」編集・発行:多摩市教育員会 教育振興課
・多摩市指定有形文化財 旧多摩聖蹟記念館 パンフレット

 

*旧多摩聖蹟記念館の企画告知や開催報告は、年に6回発行している広報誌「雑木林」をご覧ください。


ℹ️ 旧多摩聖蹟記念館 インフォメーション

▪︎ 所有者:多摩市

▪︎ 設計者:関根要太郎・蔵田周忠

▪︎ 建設年代:起工 1929年10月12日   竣工 1930年6月26日

▪︎ 建物面積:397.19㎡

▪︎ 建物高さ:約11m

▪︎ 構造:鉄筋コンクリート造 地上1階建

▪︎ 延べ工事人員:5,870人

▪︎ 施設内容:貸ギャラリー(回廊部分約70㎡)、喫茶サロン、厨房、事務室

▪︎ 管理者:多摩市教育委員会(教育振興課 文化財係)

▪︎ 所在地:多摩市連光寺5-1-1 <都立桜ヶ丘公園内>

◉ 聖蹟桜ヶ丘駅から 永山駅行きバス(聖ヶ丘団地経由)→「記念館前」下車 徒歩約5分

◉ 永山駅から 聖蹟桜ヶ丘駅行きバス(聖ヶ丘団地経由)→「桜ヶ丘公園西口」下車 徒歩約10分

◉ 永山駅から 聖蹟桜ヶ丘駅行きバス(聖ヶ丘団地経由)→「記念館前」下車 徒歩約5分

◉ 車でお越しの方は都立桜ヶ丘公園の駐車場をご利用ください

 

<文化財指定等>

1986年 多摩市指定有形文化財

2002年 東京都「特に景観上重要な歴史的建造物等」選定

2022年 DOCOMOMO Japan「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」選定

 

写真:令和6(2024)年11月9日 DOCOMOMO Japan 「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」選定プレート贈呈式の様子

旧多摩聖蹟記念館 学芸員

澁谷 朋恵(しぶや ともえ)さん


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