けぇどの会所 <多摩市関戸の風景>
聖蹟桜ヶ丘駅から歩いて10分ほど、行幸橋交差点のすぐそば、旧鎌倉街道沿いに建つ「蔵」のような建物に目を惹かれる。『けぇどの会所』と書かれた白い暖簾をくぐると、軒下に長い渡り廊下が続き、扉が二つ。手前の木製扉はギャラリースペース「Gallery 匣 -hako-」へ、奥のガラス戸はコミュニティスペース「茶の間」へと繋がっている。同じ敷地内には賃貸住宅「けぇどの長屋」も併設されており、敷地内全体を小さな庭が結んでいる。春には桜が咲き、夏には青い芝生が茂る。季節の巡りに合わせて、アート個展や、工芸展、マーケット、イベントなど様々な企画が催され、知る人ぞ知る多摩エリアの新しい文化的スポットとなっている。今回は『けぇどの会所』を運営する小林雄一さん・小林更来紗さんご夫婦に話を伺った。
◉ 『けぇどの会所』とは?
『けぇどの会所』がある多摩市”関戸”は、(旧)鎌倉街道上にある交通の要衝だったことから”関所”が置かれていた。「歴史がある関戸の風景を残したい、そんな思いから始まったのがここでの場所作りでした。」と妻の小林更来紗さん。「『けぇど』とはここが建っている旧鎌倉街道の”街道”という言葉が訛ったもので、鎌倉街道沿いに分家した私たち小林家が代々引き継いできた屋号です。『会所』というのは、文字通り”会う所”、人が来て、人が会って、何かが生まれる場所という意味です。」
「室町時代には、身分階級を超えた文化的つながりが重要視されていたそうなんです。そういった文化交流の場を『会所』と呼び、人々から親しまれていたそうです。文化や美的センスが政治にまで影響を与えていた時代があったんですね。」と夫の雄一さん。「現代では美術文化は後まわしにされがちですが、日常の中でもっと気軽にアートや文化に触れたり、そういったものを通して周囲の人とつながる、『けぇどの会所』がそんな場所でありたいと思っています。」
◉ 『けぇどの会所』2つのスペース
「最初、私の両親から”この場所で何かするのにいい案がないか?”と聞かれ、自分たちの働き方や生き方を考え直す大きな転機にもなりました。」と企画段階当時を振り返る更来紗さん。当初は賃貸アパート単体や駐車場なども案としてあったそうだが、それぞれが本当にやりたいことを考え、最終的に夫婦の中で一致したのが「ギャラリー」という答えだったという。小林さん夫妻は2人とも美術大学の出身で、夫の雄一さんはデザイン専攻、妻の更来紗さんは絵画専攻だったそう。「当時僕自身は建築内装の補修作業をする仕事をしていたんですが、手を使った作業を通して、デジタルでない人の手から生まれる味や技、有機的なアートや手仕事というものに心を惹かれていくようになりました。その中でここでの場所作りの際、自分たちが良いと思うものやコト、人を紹介し繋げる場所を作りたいと思うようになっていました。」と雄一さん。そこから生まれたのがギャラリースペース「Gallery 匣 -hako-」だ。「また、私の父は役所勤めや自治会役員などの経験から、まちづくりというものに詳しく、”コミュニティ”をとても大切に考えているような人です。そこから生まれたのがギャラリーに併設した空間、コミュニティスペース「茶の間」なんです。」と更来紗さん。
若夫婦世代から生まれたアイディアとコンセプト、そして親世代から生まれたアイディアとコンセプト、その2つを見事に融合・調和させ具現化しているのが、夫婦が一番こだわったという「けぇどの会所」独特の建物の構造やデザインだ。屋根には瓦、壁は漆喰、床には天然木など日本の風土に合った昔ながらの建築材や技法を活かしつつもモダンな雰囲気を持つデザイン性の高い「蔵」のような建物。その在り方は ”循環”を意識した故にできた形だという。「たとえば、 内装にクロス壁を採用しなかったのは、張り替えの時にゴミが出るからです。 ペンキの壁であれば、 展示のために開いた穴を埋めたり、 汚れたら全体を綺 麗に塗り直したり、補修して長く使うことができます。逆に、古いものに固執せず新しくても良い物は柔軟に取り入れる、それもまた循環です。 建物内は”びおソーラー”というシ ステムを採用して空気の循環を24時間しています。おかげで夏は涼しく冬は暖かく建物内を保つことができます。」 と雄一さん。
ギャラリー空間は板張りの1階から畳のある和室のロフトが吹き抜けになっている。隣のコミュニティスペース「茶の間」という和風の名前でありながら洋風でモダンな作りになっている。キッチンには新型のオーブンを備える傍らで、どこかホッとする和風の焼物や塗り椀などの食器が並んでいる。和と洋、新しさと古き良き文化、二つの価値観が心地よく調和している不思議な空間だ。バラバラになりそうなモノやコト・ヒトが小林さん夫婦の審美眼と2人が手繰り寄せてきた”縁”で繋がっている。
◉ ギャラリースペース「Gallery 匣 -hako-」
『けぇどの会所』のギャラリースペースは格式やルールに縛られない、親しみやすさ、居心地の良さを大切にしているという。「例えば、子連れだと特に立ち入りにくいというイメージがあるギャラリーや美術館ですが、子どもでも入れる、それくらい敷居の低さを意識しています。僕たち自身も子育てをしているし、作家さんもお子さんを育てている方もいます。」と雄一さん。
2人がこう思うようになったのも、記念すべきオープン展示での体験があったと、当時を振り返る更来紗さん。「私の美大時代の繋がりで展示をお願いした作家さんがいるんですが、その作家さん自身が3人のお子さんの子育て真っ最中ということもあって、 子どもに寛大というか、展示空間の中に当たり前に子どもたちもいる。アートの周りを子どもたちが走ったりそっと触れたり・・・そういう雰囲気が自然と作られていたので、一気に肩の力が抜けました。」
「ルールは誰かが作っていて、静かに見たいというのは大人の勝手な都合の場合が多い気がします。仕事柄あちこちギャラリーの視察にもよく行くのですが、僕らのつくるギャラリーはもっと身近であっていい」と雄一さん。ここでは【観客】=【ギャラリー(けぇど)】=【作家】というフラットな関係を作りたいと続ける。「もちろん大切な作品を扱う訳ですから互いに配慮はあって然るべきですが、過剰に神経質になったり、誰かが誰かに媚びたりする必要はないんです。」
作家の選定はあくまでご縁であり、小林さん夫婦の琴線に触れたものであり、有名だから、売れそうだから、お願いされたから、集客ができそうだからなど、そういうことを判断基準にしていないとのこと。「自分たちが自信を持って、熱量を持って、推せる作家さんの展示のみを扱っています。」と更来紗さん。その、ギャラリー側から作家への絶対的肯定感がこの場所の”良い雰囲気”を作っているのだろう。「”ギャラリーとはこうあるべき”ということにとらわれず、”ここでしかできない展示”を意識している為、作家さんたちにとっても他のギャラリーではできない新しい表現にチャレンジできる実験的場所になっています。」
今自分が感じていることを素直に表現していいんだよ、その懐の深さこそ、文化芸術を嗜む上で一番大切なことなのかもしれない。創る側も見る側も、文化芸術を捉える感性に正解も優劣もなく、年齢や性別、職業や肩書も関係なく、みんなが自分の好き・嫌いを表現し、他者のそれも尊重できる場所、それこそが小林夫妻が創っている「Gallery 匣 -hako-」なのだろう。
◉ コミュニティスペース「茶の間」
「茶の間」は、清潔感のあるステンレスのカウンターに、グレーの落ち着いたタイル壁、業務用コンビオーブンも備えたオープンキッチンと、テーブルと椅子が並んだ空間が、シェアハウスのリビングや食堂のような雰囲気がある。イベントやワークショップ・食事会の開催の他、シェアキッチンとしての活用もでき、料理教室やケーキや焼き菓子等を作って販売することも可能だ。ギャラリーが空いている期間は「茶の間」をカフェ利用できる(珈琲500円、カフェオレ550円、ハーブティー600円、ほうじ茶400円、ジュース類500円 etc.)。壁2面は開放的な大きな窓になっており、外には近隣の公園や鎌倉街道の往来など長閑な関戸の風景が広がっている。通称”木漏れ日デッキ”に出れば最高の寛ぎ時間を堪能できる。時によっては、ギャラリースペースと関連したテーマ・コンセプトで「茶の間」に料理家さんを呼んだ食イベントを開催したりもしているとのこと。「ギャラリーと茶の間のセットイベントはとても好評で今後も続けていきたい。」と雄一さん。
「ギャラリー同様、こちらも”ご縁”、顔が見えるお付き合いというものを大切にしていて、ここから人と人との繋がり、コミュニティが生まれていくことを前提として利用していただきたく、お互いの目的や価値観の共有のために事前利用者説明会をさせてもらっています。ただお金をもらって、場所を貸して、その場所を使って自分たちの知らない人や物が出入りする、それでおしまいということにしたくないんです。」と更来紗さん。
「とはいえ、実は、私たち自身も、最初父から「コミュニティ」という言葉を聞いてもピンと来なかったというのが正直なところでした。」と笑う更来紗さん。「家族で試行錯誤してきた『茶の間』の運営、ギャラリー展示やイベント・マルシェの開催、近隣の方々や遠方から足を運んで下さる方々との出会い、たくさんのことを通して、ようやく”あぁこれがコミュニティなのか・・・”とやってみて体感でわかってきたようなところがあります。」と雄一さん。
コミュニティ(community)とは、「一定の地域に居住し、共属感情を持つ人々の集団。地域社会。共同体。」と定義されています (広辞苑)
- 同じ目的を持って活動する集団
- 趣味や興味を同じくする人たちの集まり
- 町内会や自治会、小学校区などの集団
- 住民の間のつながりや相互の協力関係
「ここは、父や母のような年配の方もいるし、私たち世代もいる、そこに子ども達もいて。そういうものが自然につながっていける場でありたいと思っています。」と語る更来紗さんの視線の先には、凛といけてある桜の花があった。「月一度開催している個展の初日には、母が必ず、その時、庭で咲いている季節の花を持ってきて生けてくれるんです。」
「必要じゃない人はいない。家族、社会、それぞれの役割があって成り立っています。例えば、土から焼物を作る人がいて、それを使う人がいて。手直ししたり、修理したり、時には手放すこともあるかもしれない。そんなふうに物も人との関係も、循環しながら成り立っています。花が咲いて、生ける人がいて、愛でる人がいる。そういう自然の流れが当たり前にある、筋が通った、”気持ちいい場所”を目指しています。」と雄一さん。
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『けぇどの会所』で小林さんご夫婦と一緒に束の間を過ごし、見えてきたのは、”わ”というものだった。それは、循環の”輪”であり、和やかさの”和”、そして新しい世界に出会った時の感動の”わぁ!”である。「けぇどの会所」からの帰り道、肩の力が抜け、呼吸や歩調が緩やかに穏やかになっていることに気づく。しかし、そこには、新しい世界観や新しい人との出会いがもたらす確かなる高揚感と背筋を正されるような緊張感も同居している。ぜひ読者の皆さんも「けぇどの会所」の扉を開け、そこに流れる”気持ちのいい空気”に身を委ね、自分の好きなモノやコト、ヒトに繋がってみてほしい。
*ギャラリーでは月に一度アート展示、年2回春秋恒例の工芸展、年1回の「そよぐ陶陶市」(よう-よう-いち・観葉植物と植木鉢がテーマのマルシェ)を開催しています。展示詳細やその他「茶の間」でのイベント予定は、SNSやホームページでチェックしてください。2025年内にはオンラインショップも開設予定。
【けぇどの会所】
住所:〒 206-0011 東京都多摩市関戸5-17-16
アクセス:聖蹟桜ヶ丘駅より徒歩10分 大栗橋公園となり
聖蹟桜ヶ丘駅よりバスで7番乗り場より乗車1駅
大栗橋公園駅下車
◆ けぇどの会所 ホームページ
https://www.kdonokaisho.com/
◆ Gallery 匣 -hako- 最新情報
https://www.instagram.com/kdonokaisho/
https://www.facebook.com/kdonokaisho/
◆ Community space 茶の間 最新情報
https://www.instagram.com/kdonochanoma/
https://www.facebook.com/kdonokaisyonochanoma

けぇどの会所 小林 更来紗さん(左)・小林 雄一さん(右)










































