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「知って・愛して・多摩市 」Vol.6 多摩市のみどりがもたらす恵み(その1)

 一口には語れない多摩市の魅力を、それぞれの専門分野でご活躍の皆さんから、語っていただく「知って・愛して・多摩市」を始めました。

 6回目の今回は、多摩市街路樹よくなるプラン改定委員会委員を務めていただいている、東京大学大学院農学生命科学研究科助教 曽我 昌史先生から見た「多摩市」です。ぜひご覧ください。

 そして、ちょっとでも興味を持ったら一度足をおはこびください。

 

多摩市のみどりがもたらす恵み(その1)

東京大学大学院農学生命科学研究科助教 曽我 昌史

 

 皆さんは「みのまわりの緑」と聞くと、どのようなイメージを持つでしょうか?癒し、安らぎ、リラックスなどのポジティブな言葉を連想する人が多いでしょう。実際に、緑地や街路樹など私たちの身のまわりにある緑は、私たちが健康で充実した日常生活を送るうえで重要な役割を持っています。今回と次回の二回の連載では、身のまわりの緑や日常的な自然とのかかわりが私たちにどのような健康上の便益をもたらしてくれるのか、最新の研究成果も踏まえてお話したいと思います(ここでの「健康」とは、単に病気でない状態だけではなく、生活の質や生きがい等を含めた広い意味での健康を指します)。

都市緑地が持つメンタルヘルス効果

 ここ数年、海外を中心に、緑地が人間のメンタルヘルス(こころの健康)に与える影響が盛んに研究されています。緑地を訪れることで、精神疲労が癒されたり、自分に肯定的になったり、生きる活力が養われることが分かっています。2015年に米国スタンフォード大学が発表した論文によれば、緑地の中を一時間程度歩くことで、人間の脳の前頭前野皮質(病的反すうと関連するとされる脳の部位)への血流が減少し、活動が低下し、精神状態が改善する(後ろ向きな気持ちが減少する)といいます。情報や刺激、ストレスに溢れている都市で生活する現代人にとって、日常生活でのちょっとした自然体験は文字通り「一服の清涼剤」として機能しているのでしょう。

家の中からでも感じられる緑の効果

 緑から得られる癒しの効果は、緑地まで行かなくても得られます。実際に、家の窓から緑を眺めるだけでも、人は健康になることが分かっています。1984年に、デラウェア大学の行動科学者であったロジャー・ウルリッヒ博士は、ある一つの有名な実験を行いました。この実験で彼は、同じ病院で胆嚢手術を受けた人々の術後の回復過程を記録し、術後回復と窓からの眺めの関係を調べました。具体的には、被験者を「窓から緑地が見えるグループ」と「赤レンガの壁が見えるグループ」に分けて、二つのグループで患者の行動にどのような違いが生まれるのかを検証しました。結果は非常に劇的でした。屋外の眺めが緑地だった人は、赤レンガの人と比べて、短い入院期間で退院でき、手術後の苦情が少なく、麻薬の代わりにアスピリンで自身の痛みを抑えることができました。「術後」というのはやや極端な例かもしれませんが、この他にも、私たちが無意識のうちに窓から眺めている緑は、生活の質や幸福感など様々なメンタルヘルスに貢献していることが、最近の研究から分かっています。

小鳥が多いところに棲む人は幸せ?

 家の中から得られるメンタルヘルス効果は、窓から見える緑だけではありません。2017年に英国エクセター大学の研究グループは、大規模なアンケート調査と自然環境調査を行い、家の周囲にある様々な自然的要素が人間のメンタルヘルスに与える影響を調べました。その結果、都市住民の抑うつ(気分が落ち込んで活動を嫌っている状況)のレベルが、居住地周辺の緑地の量だけでなく、「小鳥(鳴き鳥)の数の豊富さ」と負の関係であることを見出しました(英国には町中にも美しい声を持つ小鳥がたくさんいます)。この結果は、家の周囲にいる鳥を眺めたり、そのさえずりを聴いたりすることが、心の健康にポジティブな影響をもたらすことを示唆する大変興味深い発見です。日本の場合、秋になるとスズムシやコオロギが美しい音色を聞かせてくれますが、ひょっとしたら彼らの鳴き声にも「癒し」の役割があるのかもしれません。

街路樹が増えると健康になる?

 多摩市には沢山の街路樹が植えられていますが、こうした街路樹にも様々な健康効果があることが明らかになっています。2015年にエクセター大学らの研究チームは、英国ロンドンにおける大規模な健康データを用いて、街路樹の多い地区と少ない地区で抗うつ薬の処方量がどれほど違うのかを調べました。収入や年齢など健康に関連する様々な要因を調整してデータを分析した結果、街路樹の多い地区ほど抗うつ薬の処方回数が少なくなることが分かりました。1km当たり一本の街路樹が増えると、1000人あたり1.18回の処方が減るといいます。

木が枯れると、人も死ぬ

 街路樹と健康に関しては、もう一つ興味深い話があります。ことの発端は米国で2002年に発見されたトリネコの木に穴を開ける「アオナガタマムシ」という外来の昆虫です。もともとこの虫は、ロシア、中国、台湾、韓国、日本に生息しており、米国では確認されていませんでした。しかし2000年代以降、北米ではこのアオナガタマムシの分布が拡大し、多くの街路樹が枯死しました。こうした状況の中、米国農務省森林局は、枯死木の分布データと疫学データを用い、街路樹の枯死が人間の健康にどのような影響を与えるのかを分析しました。すると驚くことに、街路樹の枯死が進んだ地域では心臓病や呼吸器疾患による住民の死亡率が増加しており、この影響はアオナガタマムシによる街路樹の荒廃が進むごとに大きかったのです。彼らの試算によれば、アオナガタマムシは呼吸器系疾患による死者6113人、循環器系疾患による死者1万5080人を引き起こしたとされています。この話は、街路樹を維持することが私たちの健康にとっていかに重要であるかを物語っています。
(その2に続く)

東京大学大学院農学生命科学研究科 助教
曽我 昌史